SUPER STUDENTS

REBORN

大河原ほたる
Hotaru Okawara
マイグア瑠美
Rumi Maigua
@ho__617
@rumy.0127
—— 撮影を終えての感想をお聞かせください。
H

いまは達成感でいっぱいです。海外のプロのモデルさんにヘアメイクをすることもはじめてで、言語の壁もありましたし、レスリー・キーさんはテレビで見ている方だったので……。

入学前に参加したオープンキャンパス(以下:OC)で「SUPER BIDO」の存在と、それにレスリー・キーさんが携わっていることを知り、そのときからこのイベントに参加したいと思っていました。

今回この機会をいただいて、もちろん大変だったんですが、自分たちが一から考えたヘアとメイクをやらせていただき、すごくやりがいがありましたし、現場で学ぶことが多くありました。

こうしてプロの方々と一緒に自分が考えたデザインを形にして、最後は紙面に載るということが、なによりも楽しいです。

M

もともと私たちの作品は、しっかり濃いメイクを施して、仮装のようなイメージで考えていたんです。

その方向でずっと練習をしていたのですが、先生からのアドバイスで、モデルさんの美しさを引き出せるようにと、本番2日前にガラッと変えました。
たとえば、最初は白塗りにしていた肌を、肌感が見えるような薄めのものにしたり、目の周りはボディペイントで囲んでしっかり入れていたものを、アイシャドウできれいなラインにしたりという方向に変更したんです。

急に変えることになったので、自分たちが作りたいものとはちょっと違うかなと思ったりして、どうすればいいのかかなり迷いましたが、結果的に満足できる作品になったのでよかったです。

—— 写真の作品を見てどう感じましたか。
H

レスリーさんには、私たちが考えていたとおりの作品に撮っていただいたので、そこがいちばんうれしかったことでもあります。

レスリーさんとはオーディションのときにお会いしてプレゼンをしただけで、とくに打ち合わせなどもなく本番を迎えました。

すごく心配だったのですが、私たちが話した通りのイメージの作品を撮影していただき感謝しています。

M

当日まで衣装もわからないままだったのですが、撮影された写真を見て、感動したというか……作品になったと実感でき、うれしかったです。

—— おふたりでどのような役割分担をされたのですか。
H

大雑把に私がヘアで、マイグアさんがメイクです。

もともと彼女はメイクが得意だったこともありましたし、私はほかのイベントでもヘアを担当していましたから。

でも、デザインを考えたり、実際に制作するときにはふたりで案を出し合いました。

M

ふたりとも考えていることが全部自然に合っていて、「これどうかな?」と聞かれたときに、自分もそうしたかったということがけっこうありました。

最初にコンセプトを決めたときから、デザインや考えが同じだったんです。

—— コンセプトはメキシコの「死者の日」ということですが、これを選んだ理由と、この作品で表したかった思いを聞かせてください。
H

「celebration」というテーマに合ったコンセプトを何にしようかと話し合ったとき、やはり紙面に載るものなので、派手で豪華なものがいいねという話になりました。

でも、結婚式などをコンセプトにすると、素敵だけどありきたりになってしまう。

そんななか、いまはコロナ禍で普段以上に家族と過ごすことが多くなって、家族との繋がりを意識しているなと気づいて、ふたりとも同じタイミングで「死者の日」というコンセプトが出てきたんです。

M

私の母がメキシコの製品を輸入するお店をやっているので、必要な小物も貸したりできるし、アイデアもあるという話になりまして、自然に、なるようになったという感じです。

H

「死者の日」と聞くと暗いイメージになるかもしれませんが、メキシコの「死者の日」は、亡くなった先祖を思い出してみんなで家族に感謝しようとか、家族愛を大切にしようという日なので、「celebration」のテーマにもマッチしているかなと思ったんです。

作品を見てすぐにパッと「家族」が連想できるわけではないのですが、この作品では赤い色とマリーゴールドの花を大切にしているんですね。

赤は「家族との血の繋がり」を、「変わらぬ愛」という花言葉を持つマリーゴールドは「亡くなった人への愛は変わらない」ということを表現しています。

—— ここからは作品以外のことについてうかがいます。美容の道に進もうと思ったきっかけは何ですか。
M

美容自体には興味があったのですが、美容に関する仕事に就きたいとは思っていませんでした。

そもそもは海外に留学するつもりだったのですが、高校生のときに美容学生の方に声をかけていただいて、作品撮りのモデルをしたんです。

そのときに感動して、「私もこういうことやりたい!」と。

その学生さんは、自分と歳がひとつしか変わらないのに、メイクもヘアもすごい上手だったんですね。

それで、自分でやってみようと真似する感じで始めたら、どんどん美容に興味が出てきて……。

そのうち美容院のモデルも頼まれるようになり、はじめて美容師さんにメイク、ヘア、撮影とやっていただいたことで「美容師っていいかも」と思うようになり、高校3年生の夏くらいから美容学校のOCに行きはじめました。
そこで「留学はもういいや」「もっと美容がやりたい」と思うようになったのです。

留学についても、その当時は「海外に行く」ということしか考えていなくて、明確な目的もなかったので、それならば日本で目標を決めて、技術をつけてから海外に行ったほうがいいなと思うようになり、美容の道に進みました。

H

私は、幼稚園生のときにはもう「美容師になる!」と決めていました。

その頃からヘアアレンジをするのがすごく好きで、幼稚園にも自分で髪の毛を編んで行っていたのです。

小学校1年生のときには、将来の夢として「パーマやさんになりたいです」と書いていました。

ずっと「美容師になりたい」と公言していたので、運動会などの行事のたびに友だちからヘアアレンジを頼まれていたのですが、そのたびに「さすがほたるだね、ありがとう!」と言ってもらって……。

人を笑顔にしたり、喜ばせることがもともと好きだったので、「人を笑顔にできる職業って素敵だな」とも思っていました。

家族も私の夢を知っていたので、母が毎年地元の美容学校で行っていた小学生向けのヘアアレンジ体験に参加させてくれたり、中学生の頃から山野美容専門学校のOCに来たりもしていました。

ヤマノのOCでは、学生さんたちがとてもキラキラしていて、すごくときめいて胸が高鳴ったんです!

そこで改めて「私が輝けるのは絶対に美容業界だ!」と感じました。

私は小中高と一貫校に通っていたのですが、そこから美容学校に進学したのは私がはじめてだったらしいのです。

ですから、学校や塾の先生からは大学進学も考えるよう勧められたのですが、家族も私も1度もぶれることなく進路を決めました。

—— たくさんの学校のなかから山野美容専門学校を選んだのはなぜですか。
H

中学2年生のときにはじめてOCに来たのですが、そのときジェーン校長先生が「みんな笑顔で隣の人と挨拶をしてみましょう」と話してくださって、現役の学生さんとごはんを食べる「ハッピーランチ」の機会があったんですね。

ほかの学校もたくさん見に行って、なかにはもちろん素敵な学校もあったのですが、やはりヤマノの施設の素晴らしさとイベントの多さ、ジェーン校長先生の「スマイルを大切にする」ということにとっても惹かれて、ここに入りたいなと思いました。

両親は、歴史ある学校という点がいいなと思っていたようです。

M

私はOCで来たときに、フィーリングで「ここしかない!」と思ったのです。

家族と一緒に東京のほかの学校も回ったんですが、家族も「ここしかないね」と。

ジェーン校長先生のオーラもすごかったし、明るいし、学校の規模も他校とは全然違っていたので。

あと、ずっと海外に興味があったので、海外と近い学校という点でも惹かれました。

海外研修もありますし、海外との交流もあるという説明を受けたので、自分がやりたいことに近いのはここなんじゃないかなと思い、入学を決めました。

—— 学生生活の楽しいところ、苦しいところはどんなところですか。
M

楽しいところは毎日に変化があるところ。

私は毎日同じことをするのが嫌いで、変化が欲しいタイプなんです。ずっと吹奏楽部に所属していて、変化がある毎日を過ごしてきたんですが、高校生のときに全部やめてしまって、ぽっかり空いた時期があったんです。

でも、ここに入学してからはいろいろな活動があって、そういうものに全部参加するようになりました。テストもありますし、やりたいこと、やらなければならないこともたくさんあって、最初は大変だったのですが、どんどん充実していっています。

それに、さまざまな活動に参加していると、毎回違うものを得ることができて、自分が成長しているのがすごくわかるんですよ。1つ前の活動のときはできなかったことが、そのときの反省を生かして次にはできるようになっている。それが楽しいんです。

本当に「ヤマノに入ってよかった!」とすごく思っていて……。

私はOCリーダーをやっていないので、この思いをこれから入学しようとする人に直接伝えられないのがちょっと悔しいんですけど、本当に、いろいろな活動をとおして、「絶対にヤマノでよかった!」と強く思っています。

H

私も成人式やミスユニバースの方へのヘアメイク、LGBTQの枠を超えた「QUEEN & QUEEN」というショーでもヘアメイクをさせていただいています。

私は美容師になりたいのですが、こういった活動に参加するのは、ほとんどがヘアメイク志望の子なんですね。

でも、サロンに入った後も「こういう経験がある人、来て!」と言われたらすぐ手を挙げられるように、自分の経験になるようにと思ってやっています。

ほかにもOCリーダーとしてみなさんの前で技術を披露したり、学友会に参加させていただいたりと、ヤマノではたくさんチャンスをいただいています。ヤマノに入っていちばんうれしいのは、そういった活動で出会った子と仲良くなれること。

コロナ禍にあるので、あまり他のクラスと一緒のイベントができにくいのですが、こうした活動に参加することによって、意識の高い子たちと仲良くなれることをなによりうれしく思っています。意識が高い人たちとは目標とするものの位置が同じだから、多少価値観や意見の違いがあっても、話し合いで必ずよりよいものが作れます。

これまで私は小中高とずっと同じ学校にいて、その世界しか知らなかったので、ヤマノに入学してはじめて知った価値観や意見も多く、自分の視野がすごく広がったなと実感しています。技術を学ぶだけでなく、人とのつながりや、かかわりができることがうれしくて、楽しくて通っているというのもあります。

—— 将来の夢は何ですか。
M

美容師になることですが、とにかくビッグになりたいです。

目立つことが好きなので、影響力のある人になりたいなという思いがいちばんにあります。

また、美容師は毎日学びがある仕事。私は変化が好きなので、ずっと同じことをして過ごすのではなく、いつまでも成長していける美容師がいいなと思うのです。この仕事をする以上、毎日成長があって、変化があるような人になりたいと思っています。いまは、まずはサロンで美容師になりたいと思っていますが、環境によってどんどん目標も変わっていくので、そのときになりたい自分を目指すようにしています。

目標を固定して置いておくのではなく、常によりよいものを目指していきたい。美容師としてのサロンワークもそうですが、その仕事をとおして自分自身が影響力のある存在になりたいです。美容の業界でもそうですが、違う観点からも注目されるような人になりたいと思っています。

H

私も職業としては美容師を夢見ています。

人前に出るのが大好きで、「みんなに知ってもらえる美容師になりたい!」とずっと思っていたのですが、最近は「私は人を笑顔にすることが好きだな」と思っているんです。お客さまを笑顔にするためには、まずは近くの人を笑顔にしないといけないなと思っています。

また、小さい頃から家族や友だちが私の夢を応援してくれていたのですが、誰よりも応援してくれていた祖母が、高校入学時に亡くなってしまったんですね。私が成人して美容師になる姿をいちばん夢見ていてくれたのに、その姿を見せることができなかったという思いがあって……。

それで、高校生くらいの頃からご高齢の方とお話をするようになり、コロナになる前は老人ホームなどにもボランティアで行っていたりしていたんですね。そんな経験があったので、ヤマノを選んだ理由のひとつに「美容福祉」を学べるということもありました。

ですから、まずは卒業したらサロンに入って、基本的なことを学び、一流の美容師になるのが最初の目標。そして、その目標を達成したら、美容福祉をやっていきたいなと思っています。

「SUPER BIDO」は、初代山野愛子が提唱した「美道5大原則」の理念にのっとり、美容の理論と実践を通して、変わりゆく多様な文化の足跡を残すべく立ち上げたプロジェクトです。世界で活躍するアーティスト、山野学苑OBや在校生の作品のほか、同学苑で行っているさまざまな取り組みをご紹介しています。また、各界で輝くさまざまな人々を「美容」というキーワードで繋ぎ、盛り立てていくことで、美容業界の発展に貢献することを目的としております。

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