BOWIE

Graduate

みやちのりよし さん(SHACHU)
Noriyoshi Miyachi

まずは、撮影を終えての感想をうかがえますか。

N

いろいろな撮影に行かせていただいているのですが、今回は本当にすごく楽しい現場でした。なかなかこうはならないと思うんです。校長先生がいて、僕らがいて、トップモデルがいて、学生さんもいる。そのなかでレスリーさんが撮影をするクリエイティブな現場なわけですが、ずっと柔らかい空気感なんですよね。昔は撮影の現場って、固くなったりして、重い空気になりがちだったので、僕はすごく嫌いでした。締めるところは締めるというのは大事だと思うのですが、今回の現場はわりと緩急があるというか、空いている時間にジェーン先生とお話しする時間があったり、学生と一緒に写真を撮ったりお話ししたり、そういうコミュニケーションが取れたという面でも、とてもいい1日だったと思います。
現場にいい和ができているので、かわいいもの、かっこいいものを作ろうという気持ちで撮影ができました。普通なら、人が多いことで「邪魔だよ!」というような険悪なムードになるかもしれませんが、そんなことはまったくなかったですし。みんなが「かわいい」を共有しているなかで、レスリーさんも学生の視線を感じながらパフォーマンスをしているのかな、なんて思ったりして。すごく素敵な場だなと思いました。

学生にとっては憧れの人たちの仕事を近くで見られて、お話ができるなんてという、貴重な機会になりました。

N

僕もおもしろいなと思いました。ヘアショーやセミナーを見てもらうことはありますが、撮影で生のクリエイションを見てもらうことはあまりないので。次回また機会があるのなら、レディースをやりたいなと自分のなかでは思っています。

1冊をとおしてのテーマは「ICON」ですが、モチーフはデヴィッド・ボウイでした。どんなことをイメージして作品を作られましたか?

N

デヴィット・ボウイは僕も好きなアーティストですが、モデルさんの写真を見るとイケメンで爽やかな感じだったので、まとまりすぎない感じというか、渋さが出るようにしなければと考えました。それで、つるつるのきれいな赤髪ではなく、シャドウもできて陰影が出るように、スプレーで色を入れました。リーゼントは、サイドをぎゅーっと締めすぎると男っぽくなりすぎて、デヴィット・ボウイの中性的な感じからは離れてきてしまうので、ソフトな感じに作りました。
レスリーさんとの仕事ははじめてだったので、梳き毛などありとあらゆるものを一応用意しておいて、当日レスリーさんやモデルさんと会ったときにパンッと気持ちが合わせられるようにしておこうと考えていました。先生方からは「あまり準備のお時間がなくて」と言われたんですが、アドリブのほうが躍動感があるスタイルができますし、僕はそういうのが好きなので、その点でよかったなと思っています。
大まかな作品のイメージは、レスリーさんからメールでいただいていたのですが、そのときに「髪の毛をちょっと赤くできる?」と言われたんです。事前に準備して行くのかなと思ったら、「直接その場で」ということで、前日の30分くらいだけ空いた時間にタクシーでスプレーを買いに行きました。プロの仕事では、「予定していたことがNGになっちゃった」とか、そういうことはつきものです。最高の作品を作りたいから、どんなハプニングも乗り越えるのは当たり前です。もちろん、僕はカラーが大好きなので本当は仕込みのカットやカラーをしたい気持ちはありましたが、制約のある中でできる限りの力を出し切りました。

そんな制約があったようにはまったく感じられない、素晴らしい作品でした。「SUPER BIDO」については、どういったご感想をお持ちでしたか?

N

前回、母校に講演で来たときに、ジェーン先生から既刊の「SUPER BIDO」をいただいて全部見たのですが、やっぱりコラボ感がすごくおもしろいですよね。僕がいちばん感激したのが、学生とレスリーさんとのコラボ。本人たちは気づいていないかもしれないですが、レスリーさんとのお仕事って、奇跡的なことなんです。しかも、クオリティがとても高くて、宝物になるんだろうなと思いました。この作品を見るだけでも半端なく素敵な学校だと思いましたし、クリエイティブにあふれていて、ジェーン先生のいいところと、レスリーさんのいいところ、山野美容専門学校のいいところが表れた本になっているのではないでしょうか。

ありがとうございます。ここからは作品以外のことについてうかがいますが、なぜ美容の道に進まれたのでしょうか?

N

シンプルに、自分の右手と左手を使って人を喜ばせるところがいいと思いました。自分の能力で人を喜ばせる。人を笑顔にできるということがその場で実感できるって幸せなことですよね。髪型が変わると人って変わるじゃないですか。僕は高校生のときから、美容院に行ってその日から気持ちが晴れ晴れするというような経験があったので、それがきっかけです。

山野美容専門学校を選ばれた理由はなんでしょう?

N

志望動機に関してはほとんど直感ですが、カリキュラムがしっかりしているという印象があり、山野美容専門学校を受けました。当時は旧校舎で、現在の校舎では授業を受けたことがありませんが、いまでも母校に来ると、わくわくしていた専門学校時代のことを思い出します。ジェーン先生と話したり、街の雰囲気を感じたりするからかもしれませんが、なぜかすごくフラッシュバックしてくるんです。数年前からは、年に1回くらいのスパンで講演に呼んでいただき、それもとてもうれしいことです。
また、僕が卒業生だということを知って、山野美容専門学校を受けてくれる学生がいっぱいいるみたいで。さらにそこから、SHACHUを受けてくれる子もけっこう多いんです。ですから、生粋の後輩がいまのサロンにもいますよ。

専門学生時代のことで、いまでも覚えているような特別な思い出は何かありますか?

N

たくさんあるなぁ……。思い出というより強く記憶に残っているのは、僕は日本一の美容師になりたいと思っていたのですが、山野美容専門学校は1学年の人数がすごく多い。だから、日本一になりたいというライバルがいっぱいいて、そこでひしめき合っていたことでしょうか。ほかの美容学校がどうなのかわからないのですが、シンプルに技術面でもいろいろなカリキュラムがあって、知識も豊富になるし、楽しかったですね。おもしろいことに、いまだに学生時代の1つ上の先輩や同級生と遊んでいるんです。お互いに高め合っていたのかもしれないですが、美容院の経営者や、成功している人が多いので、志の高い者同士が引き合ったのかもしれません。そういう関係もあるので、学生時代の仲間ってすごいなあと思っています。
実は僕、校則違反をしてしまい、その影響で技術が遅れてしまったのですが、先生や同級生に助けられたんですね。すごく反省しましたし、ここからが踏ん張りどころだと、自分にもう一度喝を入れました。美容にのめり込むこと、それが仲間や先生たちへの恩返しだと思って、よけいにがんばれました。
美容業界で活躍するのは、そう難しくはないです。もちろん、並大抵の努力では難しいですが、こんな僕でもいま色々やらせていただいているので。講演をするときも「落ちこぼれでも這い上がれる」という話をしますが、そうすると皆さんとても真剣に聞いてくれるんです。どんな困難もチャンスに変えるのは自分自身なんですよね。

山野美容専門学校をご卒業されてからのご経歴をおうかがいできますか。

N

卒業後、大手の美容室に入社して9年間在籍していました。山野美容専門学校にいるときから、20代のうちにお店を出すと決めていて、ステップアップしたいという気持ちが強かったので、28歳のときに退職を申し出て、29歳で独立しました。早いほうでしたね(笑)。でもそこからギアが入ったという感じです。それまではそんなに目立ったこともなく、そんなに売れていなかったので。当時、売上が30万円くらいでしたし、本当に、独立してからダーーーッと上がっていったという感じですね。もともとは嫌いな方ではなかったのですが、前の美容室で配属されていたのが銀座店だったこともあり、以前からやりたかったハイトーンのカラーが街にマッチングしていないなという憤りも感じていました。独立後は渋谷にお店を開いて、好きなようにいろいろやっていたら、売り上げが1年で10倍、2年で20倍になって……。自分のやりたいスタイルに合う場所だったというのも大きかったように思います。
僕自身、辞めて変われたという経験があるので、きちんとした計画があって独立したいという子は、基本的にはあまり止めない方針でいます。やってみないとわからないですからね。

会社を束ねる立場でもあると思うのですが、オーナーとしてのお仕事も含めて、いま大事にされていることはなんですか?

N

たくさんありますが、やっぱり「行動力」と「即行力」と「絶対的な包容力」。行動力というのは、言うだけじゃなくて自分が動いていかないと、スタッフも動かないですから。即行力というのは、思いついたことは早くやらないと誰かがやっちゃうので。包容力は、みんな頼りたいわけだから必要だな、と。スタッフもお客様も増えていくなかで、それぞれとじっくり話す時間がなかなか取れないですし、お客様と一緒にいる時間も少なくなりますが、包容力があるだけで、お客様もスタッフも心地よくなりますよね。コロナになってからかな……安心できる人がそばにいるということが大事なのかなと、最近すごく思います。何があっても、僕に絶対的な包容力があれば、みんなはちょっと安心するのかな、と。内心けっこう焦ったりもするんですが、みんなの1日1日が楽しいほうがいいと思えるようになっています。

今後の展望についてうかがいます。現場の第一線で活躍されているわけですが、これからどういう存在になっていきたいか、また、どんなふうに美容業界に貢献していきたいと考えていらっしゃいますか。

N

今年、僕がプロデュースするカラー専門店「CS made by SHACHU」の一号店が渋谷にオープンします。全国にハイクオリティなカラーをお届けできたらいいのに、とずっと思っていたのですが、Agu.グループとタッグを組むことで、ようやくそれが実現します。名古屋、大阪、福岡、札幌……いろいろな場所からラブコールをいただいているので全て叶えたいという気持ちで進めています。それに付随して、美容学生向けのアカデミーもやりたいと考えています。カラー検定のようなことを設ければ、ステップアップするのも早くなりますよね。
僕は学生さんたちと会って話したりするのが好きなのですが、伝えたいことがたくさんあるんですよ。美容学生は現役の美容師に「学生のうちに何をしたらいいですか?」と聞くと思うのですが、いちばん多い答えが「遊ぶこと」だと思うんです。僕も実際そう思うんですが、それでは技術の伴う美容師にはなれない。「授業をがんばって」とありきたりなことを言うこともできますが、僕自身が教えたいというのもあって。そのときに検定など、ひとつの矢印目標みたいなものがあれば、みんなもがんばってくれるんじゃないかなと。その資格を持っている人は、入社したときにはある程度のカラーはできちゃうという形になっていたら、確実に即戦力になりますし、僕がプロデュースするカラーショップでは、入社1ヶ月でカラーリストデビューしていいと思います。だからカラー専門店の全国展開と、そういうアカデミーをやって、教育という面でもイノベーションに入りたいなと思っています。
あとは、今後海外展開も考えています。アジアをはじめとし、アメリカ──NYとLAかな。日本の美容院はもう飽和状態になってきているんですよね。近頃、若い人で美容師になりたいという人が増えてきたと感じています。総人口が減っているので人数は目立たないかもしれませんが、比率で言うと増えている印象があります。そうすると、いまでもちょっとそういう傾向がありますが、若い人向けのトレンディなサロンは、お客様の奪い合いになると思うんです。ですから、10年後くらいには「国内だけの奪い合いってもう古くない?」という時代になると思うんですよ。いざそうなったときに、すでに海外に場所があったらいいですよね。お金のために働くわけではないですが、経済的にも折り合いをつけなければいけないことが多すぎて、美容師を辞めていく人が多い。これは、ライバルがいっぱいいるから経済的に成立しないとも言えるんです。楽な仕事じゃないうえに、お客様の取り合いになってしまう。なので、外でマーケットを作れたらいいのかなと。そういう意味で海外展開、その手前に全国展開があります。限られたパイを奪い合うのではなくて、自分から打って出るという考えです。山野美容専門学校の卒業生とタッグを組んでもいいですし、学校自体と何か色々なことができたらおもしろいだろうなと思います。

おもしろい未来が待っていそうですね。最後に、美容業界を志す若い人たちに、ひと言いただけますか。

N

自分がやりたいと思ったことに対して、嘘はつかないで欲しい。美容師になりたくてこの業界に入ったのに、辞めていくのはもったいないですから。つらいことがあるから楽しいし、つらさがなくて楽しいだけだと平坦な道になってしまう。コロナがあってつらかった分、楽しいことが絶対返ってくるから、いまはそのための準備期間だと思って。ごたくを並べても何も始まらないから、まずやろうよと思います。
就活についても、自分に合う船はひとつしかないという説がありますよね。たしかに船選びはすごく大事だと思いますが、僕にしてみれば就職はひとつの通過点だと考えます。もちろん、入りたい憧れのお店があるというのはわかりますが、そこでなくても美容師にはなれる。だから、第一志望のサロンがダメだったら人生終わり、みたいなのはもったいないよって思います。
どんな困難が待ち受けていても、諦めずに自分のやりたいことを貫いて欲しいと思います。

その場その場で輝けるように、諦めないで欲しいですね。ありがとうございました。